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2009年11月の記事
大野社長の恫喝発言 青木常務認める
2009/11/25
支援者と共に原告も市民にビラを
M課長「通常は○○さん、怒鳴るときはお前」
化けの皮剥がれる
11月12日早朝、中央交通労組(服部一弘委員長)は大阪地裁で行われる証人調べを前に大阪地連のなかま30人の支援を受け、ハレンチ課長を擁護し組合つぶしを画策する中央交通・大野準一現会長の不法性を裁判所関係者や市民に告発し支援を求めました。
原告とともに大阪地連のなかまは12日早朝、大阪高裁・地裁の門前で職員や市民に対し、「中央交通・大野準一会長はガイドいじめをやめろ!!セクハラ・パワハラ課長を擁護するな!!」としたビラを手渡し支援を呼びかけました。
宣伝カーからは、大阪地連の松下書記次長や当該の服部委員長、また被害を受けた原告が、マイクを握り赤裸々に告発しました。
ハレンチ課長しどろもどろ
原告は「当時、4人が意を決して大野準一社長(現会長)に被害を訴え改善を求めましたが、社長は私たちの訴えを嘘つき呼ばわりしたあげく『たかがお前、胸さわったとかで社長を敵に回して人生棒にふるのか…』などと恫喝してきました」と当時のやり取りを振り返り、怒りを露わにしました。
この発言は、午後から行われた証人調べの中で、同社の青木常務が組合側代理人の追及を受け「社長の発言です」と認めました。
大野社長のセクハラ・パワハラに対する無知か、それとも組合つぶしを画策する上で装っているものなのか、司法が判断することになりますが、何れにしても傲慢なワンマン社長ぶりだけが際だっています。
同午前、地裁1006号法廷で服部委員長に対する主・反対尋問が行われ団交経過を証言しました。
その後、青木常務が証言しましたが、同氏は事件の内容自体あまり把握していない様子で、社長に意見できる立場にないことがハッキリとしました。
さらにM課長に対する主尋問を受け組合側代理人の雪田弁護士は、ハレンチ行為を追及。当初M課長は「していない、記憶にない」を繰り返していましたが、胸をわしづかみされたエレベータ内に質問が及ぶと「乗ったんだろうと思う、でしょうね、そうだと思う」としどろもどろになる一幕も。
また、原告らに対して普段から下ネタの会話をしていたことや、その内容を追及されると「ありますね。胸が大きいとか小さいとか」と認めました。
次回は、2月4日13時15分から同法廷で結審になる予定です。
最終回 結成20年 全労連のめざしてきたもの、めざすもの
2009/11/25
関西勤労協・槙野 理啓氏
関西勤労協・槙野理啓氏 講演
第8回役員セミナー(9月19〜20日、奈良県社会教育センター)
最終回 いま私たちに求められること
自分のため≠ゥらみんなのため≠ノ
労働組合ってすごい
いま私たちに求められること、ひとつは労働組合はほんまにすごい≠ニいうことをよく学び取る必要があると思うんですね。まあまあ頑張っとるんと違(ちゃ)う?≠ナはあかんということですよ。労働組合ってほんまにすごい、労働組合だというだけですごいんだと。
賃金を上げてくれたからすごい!∞権利を守ってくれたからすごい!≠チて…そんなこと言(ゆ)うたら賃金下がってますしね(笑)。権利後退させられてますしね(笑)。あかんがな≠チて話になるけど、せやないんやと。労働組合は労働組合だというだけですごいということです。
労働組合が、本来の役割をもっと果たしていくためには、自分たちはすごいんだ≠チていうふうに思わなあきません。実際にはあかんのと違(ちゃ)うやろか≠ニ思わされてる人が多いわけでね。そうやない、労働組合は労働組合だというだけですごい。何がすごいかというと、労働組合ってまともに話ができるわけですわ。まともに話ができるということ自体がすごいと。
そして例えば、労働相談に来た人にあなたは間違ってない≠ニ、言い切れるわけでしょう?たいがい世間ではあんたが悪いん違(ちゃ)う?≠ネんて言われるし、労基署に相談しても、この場合は仕方ないですね≠ニか言われるわけですわ。
ところが労働組合の中で話をすれば、もちろんマトモな労働組合ですけど、それは会社がおかしい。おかしいことはおかしいと言おう≠ニいう話になっていくし、いよいよ団体交渉となれば正々堂々と会社にモノ言えるし、なかまもいてるし、自分にも何かできることがある≠ニ。そして、社会を変えていけるんではないかと、こういうふうに物を見ていけるということ自体が労働組合のすごさだと思うんですね。
だけど、労働組合はすごいということを自分らが納得してるだけではあかんのです。世論がそれを理解し、支持するようでなければダメということです。いま、なかなか要求が実現しない、労働組合バッシングもきびしい、それは残念ながら我々の運動がまだまだ世論を完全につかむところまでいってないからです。
世論が支持する運動を
世論に迎合するのではなくて、私たちの活動・行動自体が世論の支持を受けるようなものにならなあかんと。あの人ら、自分のことだけは一生懸命やね≠チて見られてるうちはあかんっていうことです。
だから全労連の綱領を見るとやることいっぱいあるなー≠ニ思われるけど、しゃあないわけですよ。あれを全部やっていくからこそ世間がおお労働組合ってすごいなー≠チて認めてくれるわけですね。
なかなか大変なんですけど、結局のところは、自分のためにたたかうってことですよね。世のため人のため≠チて、そんなもんしんどいがなー≠チて思いますやん(笑)。世のため人のため≠ナはなくて自分のため≠ネんです。ただし、その自分のため≠チてのを中途半端ではなく徹底してやりたいなと思ってるわけです。
徹底的に自分のため≠ノやろうとしたら、自分ひとりでは無理ですからみんなに協力してもらえるような提起の仕方もせなあかんし、みんなで一緒にやれるような取り組みにしなければ、ということになって、結局自分のため≠ヘみんなのため≠ノなるわけです。そして自分のため≠ニみんなのため≠ェ重なってくるような努力の一つひとつが社会を根本から変えていく力になっていくんです。
最初からこの世の中を変えなあかん≠ニ思ってたら無理だなあ≠ニいう答がすぐに出てきます。そうじゃなくて自分のため≠徹底することが大事なんです。徹底しようと思ったら学ぶしかないでしょう。気合だけでは徹底できませんからね。理論的な学習、情勢学習にしっかりと取り組んで、そしてお互いによく話し合って、自分のため、みんなのため、それから社会全体のために運動を拡げていってもらいたいと思います。(おわり)
連載B 結成20年 全労連のめざしてきたもの、めざすもの
2009/11/16
関西勤労協・槙野 理啓氏
関西勤労協・槙野理啓氏 講演
第8回役員セミナー(9月19〜20日、奈良県社会教育センター)
連載B なぜ労働組合をつくるのか
労働組合が担う大きな社会的役割
なぜ労働組合をつくるのか。ひとつは労働組合は歴史の必然だということです。資本主義がある限り労働組合は必ずつくられます。
資本家と労働者との間の契約は、けっして公平な条件にもとづいて結ばれることはありえません。世間一般には仕事がないのは能力が低いからや≠ニか給料上がらんのは努力が足りんのや≠ニかよく言われますが、そうじゃないんやと。これは資本主義の仕組みからきてるんだということですね。
資本主義は、働く人びとを土地や道具などの生産手段から切り離しました。生産手段を持たない労働者は雇ってもらわないと生きていけない、この弱みがいちばん大きいわけですね。労働者の持つ唯一の社会的な力は数の力ですが、労働者同士は競争せざるをえない立場に置かれています。
だから労働者は共通の利害を基礎に仲間同士の競争を制限し、団結して資本家階級とたたかうしかないんだと。労働者が自らの生活と権利を守っていくために日常的にたたかっていくための団結の組織、これが労働組合だということです。
根本的に社会変えなければ
会社は賃金カットとか首切りとか日常いろんなことをやってくるでしょ?当然それとたたかわなあきません。何が起こるかわからんし、しょっちゅう起こりますからいわばゲリラ戦≠ナす。
日常的に起こってくる問題をひとつひとつ解決していくことは重要な役割やけど、結局根本のところの仕組みが変わらない限り、労働者の身の上に降りかかってくる問題はいつまでたっても終わらんわけですよね。だから根本的に社会を変えていくという面での労働組合の役割は大きいわけですね。
資本主義はそのままでええやないか≠チて言い続けるんやったら理想的な搾取のされ方≠追求せなあかんことになるわけでね。理想的な搾取のされ方≠チてあるわけないでしょ?(笑)
目の前の問題は当然解決せなあかんねんけども、同時にもっと大きな仕事があるってことを自覚する必要があります。賃金・雇用・労働時間、大事ですよ。大事なんだけど、ついつい経済闘争のほうばっかり目がいって社会を根本から変えていこうという方向になかなか向かわない、ということですね。
向かわない≠ニいいつつも、労働組合がそういう社会的役割を持っていることは歴史の上に必ず表れてきます。
戦後の日本では1950年代に米軍基地反対闘争や、教職員の勤務評定(成果主義)反対闘争、それから警察官の権限を強めて戦前のような社会にしてしまう警察官職務執行法に反対する運動などが全国的大闘争になりました。資本主義の中に置かれた労働組合はそういう大きな社会的な役割を必ず果たさざるをえないし、事実果たしてきたというわけですね。
政治を正す運動の先頭に
60年安保闘争しかり。70年代に始まった国民春闘では「国民」という言い方自体が労働者春闘じゃないわけですわ。出発点は賃金闘争やけど年金問題、公害問題、教育・社会保障、いろんな国民的課題を掲げてたたかうようになって、いまでも私たちは「国民春闘」と呼んでいるわけですね。
そして革新自治体の実現。大阪でも黒田革新府政、71年ですね。全国の大都市圏を中心に、住民の40数%が革新自治体に暮らすという時代もありました。そういうものを推進した力は労働組合にあったということです。そして、全労連ができたということ自体もそういう意味で大きな社会的役割の表れなんだと理解する必要がありますね。
日本はこれから、財界・大企業中心の異常な政治を転換し、日米同盟絶対の異常な政治から脱却する必要があります。今回、民主党が政権に就いたから自動的に良くなるわけじゃないんですけど、政権交代で可能性としては大きく拡がったと思います。そこで労働組合が意識的にこの役割を果たしていく、その運動の先頭に立っていくことが必要だと思うんです。(つづく)
連載A 結成20年 全労連のめざしてきたもの、めざすもの
2009/11/05
関西勤労協・槙野 理啓氏
関西勤労協・槙野理啓氏 講演
第8回役員セミナー(9月19〜20日、奈良県社会教育センター)
連載A 労働戦線統一は全労連でこそ
産業別と地域の闘いを結合
「多数のちから」発揮するために
産業別労働組合の全国連合体(単産)と、地域的に労働組合を結集した都道府県単位の地方組織で構成され、産業別のたたかいと地域のたたかいを結合して全国的な運動を展開する、これが全労連の特徴です。
つまり、47都道府県すべてに大阪労連のような地方組織が作られていて、それが単産と同じ資格で全労連に参加しているわけです。
例えば、国労は全労連に入っていません。でも今日は国労の組合員さんも来てますよ。「何で来てんねん、ヨソモン来とるで」、違(ちゃ)うんですよ(笑)。大阪労連に国労大阪地区本部が入ってるんですね。
単産としての国労は、全労協に入っています。連合にも全労連にも入ってません。だけど、大阪の国労は大阪労連に参加することによって、全労連の運動を一緒にやっていけるということです。
ほな、国労の地区本部は連合にも入ってええのかというと、連合にそういう道はないんですね。連合を構成しているのは単産だけです。連合は全国組織のないような労働組合を相手にしない、ということです。
国労だけではなくて化学一般や全港湾も単産としては全労連に参加していませんが、支部単位で大阪労連に加わっています。そして役員セミナーにもずっと来ていただいてる。そういうことが全労連の運動なら可能だということです。
連合は軸になりようがない
戦後、政府・財界の思惑に乗っかることによって、自分らの権益・利益を守ろうとする流れの集大成として1950年に出てきたのが「総評」です。その後、政府・財界は、労働者・国民に犠牲を強いる諸政策を推し進めると同時に、労働者・国民の反撃を恐れ、これを封じるために労働組合のとりこみ、変質と労働戦線の分断に力を注いできました。
労働組合による反共主義や労資協調路線、あるいは特定政党の排除や支持押しつけは、労働者の団結と労働戦線の統一を阻害し、「多数の力」を十分に発揮するうえで重大な障害となっています。
労働戦線が分かれたままで、ええわけないんですね。私も連合の悪口は言いますよ。でも「分かれていてもええ、連合なんかどうでもええ」じゃなくて、批判は批判としてやるけれども、長期的に見れば当然、日本の労働運動はまとまっていくべきなんですね。「労働戦線統一」と言います。
その時に数が多いからといっていまの連合のやり方が軸にはならないでしょう。つまり、私らのような考え方の組合は「入れません」って向こうが先に言(ゆ)うとるわけですから、それが軸になりようがない。
逆に全労連の運動は、具体的に大阪労連で言えば国労や化学一般や全港湾の皆さんも一緒にやれますよって言ってるように、全国レベルでも「一緒にやろう」と言われても何の差し障りもないわけですよ。
特に教職員組合の場合、憲法・平和の問題では敏感な所がありまして、9条を守る運動になると全労連と連合、全教と日教組はケンカしてられへんわけですね。府高教が集会などをお膳立てして、声かけたら、日教組の皆さんも機嫌よう来はります。「また呼んでや」なんてね。そういう意味では全労連は労働運動をまとめていく母体になりうる、もともとそういう方針を持っている、ということです。(つづく)