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2012年01月の記事

第10回役員セミナー(9)
2012/01/25

第10回役員セミナー(9)

くらし、雇用、いのち、震災復興…
いま本質を見抜く力を
──労働組合だからできること──(9)


槙野理啓(みちひろ)氏(関西勤労者教育協会講師)講演

労働基本権に込められた労組の役割

「結社の自由」と「団結権」


 賃金は下がる、仕事はきつくなる、権利は後退させられる…これが現実なのに労働組合の存在意義なんてあるのか、当然わいてくる疑問ですけどね。労働者は労働組合をつくることができる──この意味を捉え直すことが重要です。
 団結権とは何か。団結権とは単なる「結社の自由」ではありません。「結社の自由」とは団体をつくる自由という意味ですね。日本国憲法では第21条で規定しています。労働組合は団体ですから、「結社の自由」で労働組合をつくっても別に構(かま)へんわけです。でも21条には、その団体の存在を“尊重せなあかん”なんてことは書いてないわけです。例えば、みんなでカラオケクラブをつくるのは自由ですけど、“会社の中で唱おうか”言(ゆ)うたら“ちょっと待て”となりますわね。団体をつくるのは自由やけど、それが会社の中で活動することを保障するものではないわけです。
 ところが日本国憲法は、「結社の自由」とは別に第28条で「団結権」を規定しています。“労働組合だけは特別ですよ”と、雇い主や政府・自治体は労働組合の存在を尊重しなきゃならない、という話なんです。だからこそ、労働組合は勤務時間内でも職場でニュースを配ったり、アンケートを集めたり、ポスターを貼るといった活動ができるわけです。もちろん無条件で何でもできるわけではありませんが、少なくとも最初から“組合活動は会社の外で勤務時間外に”というのは正しくないわけです。そもそも“労働組合は、会社の中で勤務時間内であっても活動できる”ということです。でなければ、それを「権利」とは言えません。例えば会社が“皆さんには映画を見る権利があります、仕事が済んでから映画館に行ってください”これは「権利」とは言わんでしょ。「権利」と言われる前からできるわけです。

労働組合の実績が勝ち取った権利

 また、使用者は労働組合からの団体交渉の申し入れを拒否できません(団体交渉権)。さらに、労働組合は要求実現のために使用者の指揮命令を拒否することができます。刑事免責や民事免責など労働組合だけに認められる権利がいっぱいあるわけです。ストライキをやれば当然、会社に損害が出ます。だけど、その損害賠償責任は労働組合にはないということですね。抗議行動にしても、労働組合でなかったら単なる邪魔ですから営業妨害で訴えたらええわけですね。警察が来てしょっ引いていくはずですわ。警察が私たちに手出ししないのは、労働組合の活動だからでしょ。そういう特別な権利が労働組合には認められてるということなんですね。
 なぜ労働組合にだけこうした特別な権利が認められるのか。それは、労働組合が組合員の狭い利益にとらわれず、すべての労働者・国民の利益を代表してたたかってきた歴史があるからです。いいですか、実績があるということですよ。“みんなのためにたたかった”という実績を社会が認めて、それを権利という形につくりあげられてきたということです。労働組合の実績がそれを勝ち取ってきたということなんですね。
 労働組合は単に組合員やその産業・職域などの利益を守るだけにとどまらず、社会を根本から変えていく運動の中心としての役割を果たしてきた歴史がある、そうした社会的な役割が労働基本権という形で労働組合に託されている、こういう捉え方を組合の中に拡げていく必要があるのではないかということですね。(つづく)

大阪労連大阪春闘共闘 1・17怒りの労働者総行動 内部留保還元せよ
2012/01/25

大阪労連大阪春闘共闘 1・17怒りの労働者総行動 内部留保還元せよ デモ行進で声を張りあげるなかま(大阪地裁前で)

2012春闘勝利!大企業は社会的責任果たせ


 大阪労連(川辺和宏議長)・大阪春闘共闘は1月17日、在阪の大企業に社会的責任を果たさせる運動として「怒りの労働者総行動」を大阪府内で終日展開し、大阪地連のなかまも20人が宣伝・要請行動やデモ行進に奮闘しました。
 90年代以降、不況時も景気回復期も一部大企業だけが着々と内部留保を溜めこみ、その額は266兆円に達しています。労働者に賃下げと首切り、中小企業に単価削減の痛みを押しつけた結果です。日本の内需の冷え込みと地域の厳しさは大企業の富の独占が原因です。大企業は内部留保を取り崩して賃上げと雇用を増やし、下請単価の引き上げ、震災復興に向けた財源引き受けを行い、社会的責任を果たすべきです。

第10回役員セミナー(8)
2012/01/05

第10回役員セミナー(8)

くらし、雇用、いのち、震災復興…
いま本質を見抜く力を
──労働組合だからできること──(8)


槙野理啓(みちひろ)氏(関西勤労者教育協会講師)講演

めざすべき労働組合らしい運動とは

誰も労組を叱咤しなくなった


 今日(こんにち)の日本の労働組合運動が、深刻な課題を抱えていることは事実でしょう。組織率が低下し、現在は18%ぐらいですね。かつて戦後まもない時期、労働組合が合法化され、むしろ推奨され、という中で1949年には55%を超えてたんですね。そこからずーっと下がり続けて今日18%、大問題やと思います。
 そして賃上げの後退。賃上げどころか賃下げですね。私は公務員ですから立派にこの10年、下げさせていただいておりますね、ほんまに腹立つ(笑)。組合活動の停滞、争議の減少、役員の高齢化、したがって後継者難も問題になっています。
 さらに社会的影響力の低下…福島第一原発事故の際に、“労働組合は何してんねん!”という声が起こってこないという問題です。そういう声が起こるようならまだマトモなんじゃないかと。つまり世論が“労働組合の責任果たせよ”と言ってくれてるわけですから。ところがいまは、誰もそのことに触れません。それだけ社会的影響力が低下しているのではないかと、こういうさまざまな問題があることは確かでしょう。
 では、何から見直していくべきか。連合であれ全労連であれ、その課題には共通するものがあるはずです。

会社と労組が一体化

 連合のホームページを見ると「ユースラリー」という取り組みが紹介されてます。若い人300人集めて3日間合宿してるんですね。企業研修コンサルタントの藤田素子さんが記念講演を行なってるんですが、そのタイトルが「CSはESから」…かっこええ、何のことかわからんけど(笑)。訳したら“消費者の満足は働く人の満足から”、要は、働いてる人自身がいい仕事してるっていう満足感がなかったら、お客さんにも満足感は出ませんよっていう話をしてるんです。で、話し方とか、聴き方とかいろいろ実践してるんですね。“はい、立ってみましょう”みたいなことを楽しくやってるわけですわ。何が違和感があるってね、藤田さんはこう言いました。「いいですねー皆さん、これを組合としてというよりは、お仕事の中でやっていただきたいんです」…会社がやる研修と、組合がやる学習会、何の区別もないということですね!
 学習会だけではありません。電力総連は原発事故についてのメッセージを発表していますけど、読んでいったら電力会社が出した文章なのか、組合が出した文章なのか、まったく判りません。「お亡くなりになられた方々に深く哀悼の意を表するとともに、被災者の皆さまに心よりお見舞い」などというのはわかりますが「組織一丸となって全力で取り組んでまいります」……何やねん「組織」って!会社なのか、組合なのか、何の区別もないわけです。もう全く会社と一体化してしまっています。言葉としては間違ってないかもしれんけど、我々が目指すべきものは、そういう運動ではないだろう、ということなんですね。

放送現場の苦悩を労組の立場で

 『大震災・原発事故とメディア』という本が大月書店から出ていて、読んでみましたけど面白いですわ。20人ほどの人が執筆してるんですが、テレビユー福島労働組合委員長とか、福島中央テレビ労働組合委員長、テレビ岩手労働組合委員長というふうに、それぞれ労働組合の肩書きで関わってます。前書きでは「放送局もその歴史が始まって以来の大惨事に直面しました。これだけの広範囲にわたって同時に複数の放送局が被災したのは初めてのことです。大規模停電に見舞われ、放送の継続そのものが危ぶまれる中で、各民間放送局は収入源であるCMを飛ばして、局の従業員も関連で働く人々も不眠不休で特別番組を制作放送し、地震・津波の被害や安否情報、ライフライン情報などを発信し続けました」…こういう姿勢なんです。
 私はこの役員セミナーに至る前の段階で、震災問題に関して言うと「がんばろう日本!」って誰が何のために頑張るのかということで、キャンペーンに対する批判をしてきました。いまも変わらないんですよ。必要なことやと思ってますけど、ただ、メディアに関わっている人たちの立場から言うと、いろいろ悩みがあったみたいですね。
 被災現場の実態がそのまま放送するにはあまりにも悲惨だということで、どこまで流すべきなのかと。そして大変な場面はあえて流さず、頑張ってる様子だけを流す、という方針を決めるわけです。それが国民を一定の方向に引っ張っていこうとするキャンペーンに利用された側面もあると思うんですけど、執筆者は“利用された”という自己批判をされながら、でも自分たちは何を考え、何をどう目指したのか、なぜそういう取り組みになったのか、ということをちゃんと発信し、世論に訴えているわけです。
 後半には資料として、日本原子力文化振興財団が作成した「原子力PA方策の考え方」が掲載されています。PA(パブリック・アクセプタンス)とは社会に原発を認めさせる方策です。“停電は困るが、原子力はいやだ、という虫のいいことをいっているのが大衆である”なんてことが綴られています。そういうものとの対比ということで考えてもなかなか面白い本なので読んでいただけたらと思います。
 名前は労働組合であっても、会社と一体化した組織が一方にあるわけですけど、そうではなくて私たちが本来の労働組合らしく動くとはどういうことなのかということをこの機会に考えてみる必要があるのではないか、これがまず1つですね。(つづく)